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「残業キャンセル界隈」と人手不足

「残業キャンセル界隈」名乗る若者が増加中… 上司はどう向き合うべき?

上記のような記事を見かけました。タイトル通り、残業を拒否する若手社員が増加中だと。

記事の筆者は言います。

「成果にコミットせず、自分のペースで仕事をこなし、定時になったら帰る。「残業キャンセル界隈」の人だからだ。これでは成長もしないから、いつまでたっても生産性の高い仕事ができないだろう。」

読んでいて、一番に思ったのは「労働者の交渉力が増しているな」という点です。私のような就職氷河期世代だと、こういう「残業キャンセル」は直ちに失職に繋がり、再就職も環境的に難しい時代状況でした。それが近年は、人手不足時代になって、労働者側が職場を選べるようになっています。強気な残業キャンセルもその表れかと思います。

「残業キャンセル」=逃げ にあらず

私自身は、就職氷河期人ですが、昔から結構「残業キャンセル」な人でした(笑)

長時間残業させる会社にはいたくなかったので、20代の頃は職を転々としていました。この記事のライターに言わせれば「いつまでたっても生産性の高い仕事ができない」人なんでしょう。

そういう経験をした私から言うと、「残業キャンセル」は必ずしも「逃げ」ではありません。少なくとも私のような会社を辞めてしまうタイプのキャンセラーは、違います。むしろ会社の庇護から脱する生き方ですので、残業を受け入れて会社に尽くす人々よりずっとチャレンジングな生き方と言えます。

本記事のライターさんも、記事中で言っています。「「仕事キャンセル界隈」や「責任キャンセル界隈」であれば大問題だ。しかし「残業キャンセル界隈」は、あくまで残業をしないということだ。つまり仕事を完遂させて残業を回避すればいい」と。

私もここは同感です。「残業」が発生している時点で、仕事のマネジメントに失敗しているのです。むしろ残業キャンセルの精神で、処理効率の改善や納期の調整を図って、残業などという“ミス”を無くしていくべきです。残業すること=成果にコミットする、ではないのです。逆です。成果にコミットするなら、残業をキャンセルすべきです。だって同じ成果に余計な人件費をかけているんですから、それは是正対象ですよ。「いつまでたっても生産性の高い仕事ができない」のは残業ありきの発想にこそ言えます。

プログラミングや数学は「怠惰の精神」から生まれる

最近、私の息子(小2)がプログラミングを習い始めました。その関係もあって『#100日チャレンジ』という本を読んだのですが、なかなか面白いものでした。この本は、ChatGPTの助けを借りながら毎日1本アプリを作って、100日間Xに投稿し続けるというチャレンジの体験記です。

著者は昔から「手を抜くことに全力を尽くす」タイプだったといいます。だからレポートの課題も、ChatGPTを駆使して、いかに楽して乗り切るかという精神で処理してきたと。100日チャレンジも向上心から始めたのではなく、面白そうだからという興味関心から始めただけだそうです。

しかし、やっているうちに「手を抜くことに全力を尽くす」という性格が、プログラミングにはむしろ重要だと分かってきたそうです。本職のエンジニア達は、後日再利用することを考えて初めから設計するのだと知って、著者はサボりたがりの自分との相性の良さを知るわけです。

「残業キャンセル」の精神もこれに通ずるものがあると思います。定時で仕事が終わらないなら、いかに楽して仕事を終わらせるかに全力を尽くすべきであって、残業という物量戦術に「逃げる」べきではありません。「これでは成長もしないから、いつまでたっても生産性の高い仕事ができないだろう。」とは、残業思考にこそ言えます。

「残業キャンセル界隈」なんて、怠惰なだけだ、という評価もあり得ましょう。そうかもしれません。しかし、怠惰を求める精神は、むしろ人類の発明発見を後押ししてきた原動力です。例えば数学者は大抵計算が嫌いです。だからいかに楽して計算するかを追求し続けて、対数や微分積分といった手法を編み出すわけです。はっきり言って数学なんて「楽して処理しよう」という怠惰の精神の産物ばかりです。

楽したいからこそ、人は一般化し、構造を見極め、抽象化を施し、別のものに変換したりするのです。実はそこにこそ進歩がある。

紹介した記事のライターさんも言っています。「ムダな作業を極限まで減らせば、「残業キャンセル」も現実的になるだろう」と。むしろ上司や経営者にこそ「残業キャンセル界隈」たることが求められているのだと思います。

Youtubeもやっています